[fpr 64] JXE-7

南風原朝和

南風原@東大教育心理です。

   *** JXE誌「検定」特集号論文の紹介(7) ***

The Use of Statistical Significance Tests in Research: 
  Bootstrap and Other Alternatives.
  (by Bruce Thompson, Journal of Experimental Education, 
  1993, 61, 361-377.)

著者の Bruce Thompson はこの特集号の guest editor で,この一
連の紹介記事でも以下の文脈で2度ほど名前が出ました。
 (1) 「無作為性」と「標本の代表性」を混同していると批判された
こと(JXE-3)
 (2) 標本で得られた効果の大きさを固定したとき,nをどれだけ増
やしたら有意になるかといった観点からデータを評価することを提
案したこと(JXE-5)

この論文にも上記の (1) の混同を疑わせる表現が残っています。こ
の他にも Snyder & Lawson (JXE-5) も取り上げていた効果の大きさ
の指標のバイアスの除去に関して,修正前の値と修正後の値の間の
(異なるデザインに渡る)相関を調べるなど,妙なことをしていま
す。また,相関係数の標準誤差などについて概念的な誤りを犯して
いるなど,よほど注意して読まなければならない(あるいはいっそ
読まなくてもよい?)論文です。

*** ここから脱線 <上記の (1) に関連して> ***

[fpr61] hajimemashite の記事に,

 fpr61> 無作為な標本抽出とは,第一に,標本が母集団から偏りな
 fpr61> く抽出されているということを意味しています。・・・常
 fpr61> に,標本抽出に偏りがないかどうか・・・慎重な吟味がな
 fpr61> されるべきでしょう。

という説明がありました。

完全に無作為な標本抽出というのは,その結果として偏りが生じて
しまう可能性のある確率的な抽出であり,まさにその確率的性質が
検定などの確率的方法の適用を可能にしているのではないでしょう
か。常に偏りのないように,というのは「代表的標本」を得る上で
は好ましいのですが,それは「作為」のある標本となり,無作為性
の仮定に背いてしまうのではないでしょうか。

*** ここまで脱線 ***

他の論文に見られない内容としては,研究結果の安定性,再現可能
性の評価に関連して,ブートストラップ法を取り上げています。こ
れは,母集団からの無作為標本として実際に得られた標本を固定し
て,今度はその標本を母集団として観測値を復元抽出するリサンプ
リングの方法です。このようにして元の標本と同じ大きさの標本を
何度も繰り返し抽出して,それによって統計量の標本分布を経験的
に推測するのです。母集団分布の正規性などの仮定をおかなくても
統計的推測が可能な点など,統計学のほうではかなり注目されてい
る方法のようです。

Thompson は,通常の検定で得られるp値が結果の再現可能性を表す
ものでないことから,ブートストラップで母数の区間推定をするな
どして,何とか再現可能性を評価したいようです。しかし,実際に
追試をするわけではありませんから,得ることのできる情報は非常
に限られたものになります。その点については“These bootstrap 
methods do not magically take us beyond the limits of our 
data”とか“[these] methods all yield somewhat inflated 
estimates of replicability”と注意を喚起しています。

(私は,ブートストラップ法は結果の再現可能性などとは切り離し
て,純粋に母数推定の方法ととらえるべきだと考えています。)

あと,検定利用におけるジレンマとして,検定の前提条件に関する
検定のことが取り上げられています。たとえば分散分析に先立って
母集団分散の均一性を検定したり,共分散分析に先立って母集団回
帰係数の均一性を検定したりします。このとき,母平均の差など主
眼となる検定の検定力を高めるために標本を大きくしたら,前提条
件の検定の検定力も高くなってしまって前提条件が否定され,主眼
となる検定ができなくなってしまうということを指摘したものです。

このような場合,検定法の頑健性を根拠に,仮に前提条件が否定さ
れてもそのまま検定を行うということも多いかと思いますが,たと
えば分散分析は,従来言われてきたほど頑健ではないということを,
最近のシミュレーション研究を引用して指摘しています。

この論文をもって6編の「話題提供論文」が終わり,この後は3つ
のジャーナルの編集委員長によるコメントが掲載されています。次
回からはそのコメントを紹介します。

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