[fpr 644] 名前余話

南風原朝和

南風原です。

堀さん@香川大学経済学部が以下のように書いています。 [fpr 638]

 >> Zar,J.H.(1996) Biostatistical analysis. 3rd ed. Prentice-Hall.
 >>
 >> p94にほんの少しエピソードがありました。Gossetは自分の分布を
 >> zと言及していた。1922年から1925年の間にFisher がそれを修正
 >> して、統計的検定の可能性を発展させるのを助けた。Gosset はそ
 >> の修正を t と呼んだ。
 >>
 >>このエピソードは次の文献の受け売りだそうです。
 >>
 >> Eisenhart,C.(1979) On the transition from "Student's" z to
 >>  "Student's" t. Amer.Statist. 74, 48-51.

紹介していただいた Eisenhart 論文の掲載巻号頁は,Vol.33, No.1, 
Pp.6-10 でした。大変おもしろい論文でした。簡単に私なりの要約を
書いてみます。

(1) Gosset (ペンネーム"Student") が 1908年に発表した論文は,
正規母集団からの標本に基づく比
   z=(標本平均−母平均)/標本標準偏差
の分布を求めたもので,これは,現在tと呼ばれているものとは
   z=t/sqrt(n−1)
という関係にある。(一種の効果量です。)

(2) Fisher は,数学的により洗練された方法でzの分布を導き,
Gosset に手紙で知らせ,そこから手紙の交換が始まった (1912年)。

(3) Gosset は 1908年の別の論文で相関係数の分布について書いて
いるが,Fisher は,さらに厳密な結果を導き,特に Gosset 自身
のzの分布との関係を明らかにした(1915年)。

(4) 1922年の手紙で,Gosset は相関係数の分布より,回帰係数や
偏相関係数の分布が知りたいと書いたところ,Fisher は短期間で
この問題を解き,しかもそれらが本質的に Gosset のz分布である
ことを明らかにした。

(5) こうした研究の過程で,Fisher はzより,それに自由度を乗じ
た量(現在のt)のほうが,理論的により有用であることに気付き,
Gosset もそのことを理解するようになってきた。

(6) dに自由度を乗じた量の分布の表を用意する過程で,Fisher は
おそらく単に計算上の慣習からxという記号を使っていたが,Gosset
は,Fisher とは異なる(1908年論文以来の)方法を用いていたため,
その区別のために,Fisher への手紙の中でtという記号を用い始め,
1925年発表の新しい分布表でもその記号を用いた。

ということのようです。Fisher が Gosset 以上にt分布の数学的性
質を明らかにし,その応用可能性の広さを発見し,普及させてにも関
らず,その後も Fisher ではなく,Student の名でこの分布が呼ばれ
た背景には,Gosset の1908年の研究の偉大さに対する Fisher の敬意
があったようです。なお,Gosset の1925年のt分布表の論文では,そ
のtの形は,Fisher の示唆を受けてのもの,と名言しているというこ
とです。

ちなみに,生年を単純に引くと,Fisher が独自の方法でzの分布を
導いて Gosset との交流が始まった 1912年は,Fisher 22歳,
Gosset 36歳ということになります。以上。

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