[fpr 824] グラフィカル多変量解析

豊田秀樹

豊田@立教大学です.

以下のような書評を書きました.既に,日本行動計量学会に著作権は移行している
文章ですが,欧米の慣習に従って,メールを通じて個人的にお送りいたします.
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  AMOS EQS LISREL によるグラフィカル多変量解析 -目で見る共分散構造分析-
          狩野裕著 現代数学社 (1997) 236頁

                                 豊田秀樹
                            (立教大学社会学部)

 本書は副題に「目で見る共分散構造分析」とあるように,共分散構造分析あるいは
構造方程式モデルの教科書であり,同時にそれを実行するためのソフトウェア AMOS,
EQS,LISRELの解説書でもある.入門段階の読者が何気なく読み進める平易な解説の中
に著者の専門家としての配慮が行き届いており,正確に丁寧に仕上げられている.以
下,章を追いながら内容を概観していく.
 第1章では回帰分析を使ってパス図の役割を説明し,ソフトウェアを扱い,共分散
構造分析への導入を図っている.第2章では,パス解析と多重指標分析を題材に,早々
にAMOS,EQS,LISRELの実習をはじめている.この2つのモデルは,それぞれ,構成概念
を使用しないモデル,使用したモデルの代表として選ばれたものであろう.実際に使
って実感できるまでのページ数を極力少なくするために,入門的な基本操作はこの章
で完結させようという意図が感じられる構成である.
 第3章では検証的因子分析法と探索的因子分析法が解説されている.探索的因子分
析は,ただ単に因子分析と呼ばれることも多く,既に多くの教科書で解説されている.
ただしその数理は単純ではなく,文科系の学生向きの教科書では解釈のしかたを中心
としたお話として説明されることが少なくない.検証的因子分析法は,更に上級の分
析法という認識があるので解説されることが少ないのが実状である.それに対して著
者は「やさしい検証的因子分析を先に,難しい探索的因子分析は後で勉強する」とい
う持論を展開している.まず検証的因子分析を説明し,続いてその知識を利用して探
索的因子分析を解説している.この教授法はとても分かりやすい.検証的因子分析は
探索的因子分析よりも入門的なモデルであるという認識は,この章の内容を契機に広
く認識される必要があろう.
 第4章と第5章は,変数の分類・方程式と分散・共分散構造・識別問題・母数の推
定法・適合度・各種検定法・修正指標など,共分散構造分析の理論的側面を概観して
いる.これだけの内容を少ない紙数に手際よく入門的にまとめている.見方によって
は説明不足の単語が幾つか登場しているのであるが,紙数と情報量のバランスをとり,
全体的な流れとして把握させようという青写真は相当に工夫されている.またカテゴ
リカルデータの扱いや,推定法をどのように選択するか等,初心者が迷い易い事柄に
ついて丁寧な説明がなされている.
 第6章では,発展的な応用モデルとして多母集団の同時分析と平均構造のあるモデ
ルの解説を行っている.多母集団の平均構造の分析は式を追っている段階では,その
真価を把握しにくいが,ここでは具体的なデータと出力が分かりやすく提示されてい
るので理解しやすい.この発展的なモデルは,現在のところ使いこなすのが難しく,
海外における共分散構造モデルの応用例としても頻繁に利用されるものではない.し
かし,その豊かな応用可能性は専門家の意見の一致するところであり,この章で比較
的詳しく解説したことの意義は大きいといえる.
 第7章には,共分散構造分析の特徴と克服すべき問題点が,箇条書の形式でコンパ
クトに整理されている.内容が的確なので,これでよしとする見方もあるだろうが,
評者としては,具体例なども入れ,もう少し紙数を振り分けて欲しかった.
 全体を通して少しだけ残念に思うことは,ソフトウェアの解説にページを当てすぎ
ていることである.ソフトウェアの進歩は早く,バージョンが替わるとソフトウェア
の画面の様子や操作の方法が変わってしまう.計算機の画面の図表を多く取り入れる
という体裁は,少しでも多くの読者に共分散構造分析を身近に感じて欲しいという著
者のサービス精神の表われなのだが,遠からず古くなるであろう出力画面の図表は,
内容の説明を逆にわかりづらくしてしまう可能性がある.本書は,単なるソフトウェ
アの解説書ではなく,専門的知識を論じた教科書なのに,ソフトウェアの進歩に伴っ
て内容が古くなりやすい構成となっていることが残念である.
 本書の p.228ページには AMOSとEQS のホームページのアドレスと LISREL の連絡先
が掲載されている. AMOSとEQS に関してはホームページで試用版を無料で配っている
から,それを手に入れて,本書を傍らに置き,具体的な操作とともに掲載されたプロ
グラムを一通り実行してみれば共分散構造分析の概略を実感できるだろう.データ解
析に係わる全ての人に一読をお勧めしたい一冊である.

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TOYODA Hideki Ph.D., Associate Professor,     Department of Sociology
TEL +81-3-39852323 FAX +81-3-3985-2833,   Rikkyo(St.Paul's)University
toyoda (at) rikkyo.ac.jp 3-34-1 Nishi-Ikebukuro Toshima-ku Tokyo 171 Japan
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