岩男@関東学院と申します. 心理データの統計的解釈と心理的解釈についてお伺いしたいことがあります. 大学入試センターの柳井先生は,教育心理学年報第39集(1999年度) において,柳井先生は,以下のように述べられています(少し長くなります が). ************** 重回帰分析に見られる誤りに,説明変数が2つ以上ある場合の偏回帰係数の 解釈がある.説明変数x_1,x_2と2つの場合,x_2に対応する偏回帰係数b_2 の値がゼロであるからといってyとx_2の相関係数が必ずしもゼロではない. (中略) x_2はyの予測には有用であるが,x_1とx_2を用いて同時にyを予測する場合 は有用ではなくなる.したがって,岩尾(1999)が述べているように, (確証度の予測値)= 0.77**(類似度)+ 0.06(被覆度) という予測式が得られ,被覆度の係数0.06が有意でなかったとして,確証度 の判断に類似度のみが利用され被覆度は利用されていなかったとする解釈は, 類似度と確証度の単相関係数が有意な相関を持たない場合を除いては誤りで ある.一般的には,上記の結果は,被験者が確証度の判断に類似度を利用し ている場合には,被覆度の利用は確証度の予測を高めるものとはならない, という解釈が正しいものとなる. ************** しかし,この「解釈は誤りである」という指摘について意見があります. 心理学研究では,データを収集した後, データ --> データの統計的解釈 --> データの心理的解釈 という2つの解釈段階があると思います.データを統計的に解釈(差が有意 であるか,偏回帰係数が有意かなど)しただけでは研究は終わらず,さらに その統計的解釈結果にどのような心理的意味があるのか,なぜそのような結 果が得られたのかを,その領域の心理学的な知識を利用することで解釈しま す.この段階では,データの統計的な解釈のみからは排除できないような競 合仮説を排除することも当然あるでしょう.つまり,統計的な解釈としては 妥当ではない(言い過ぎである,など)としても,心理学の領域知識を活用 することによって,心理学的な解釈としては妥当であるということもあるは ずです.上記の「確証度」「類似度」「被覆度」の関連ですが,変数間の相 関行列および類似度が被覆度に影響するという仮定の下での構造方程式モデ ルの結果を示します(記述方法は豊田秀樹「共分散構造分析:入門編」44p を参考にしました). 変数名・相関行列 x_1 x_2 y 決定係数 a_12 0.36 x_1 類似度 1.00 0.64 a_1 0.80 x_2 被覆度 0.36 1.00 重相関係数 a_2 -0.02 y 確証度 0.80 0.27 1.00 0.80 i_1 0.29 a_12,a_1,a_2,i_1,はそれぞれ, 類似度から被覆度への標準回帰係数, 類似度から確証度への標準偏回帰係数, 被覆度から確証度への標準偏回帰係数, 類似度から被覆度を経由した確証度への間接効果,を示します. 柳井先生が指摘なさっているとおり,被覆度と確証度の相関はゼロではあり ません.しかし,類似度が被覆度に影響を与えるという仮定を入れれば,そ の相関は,類似度を経由した間接効果に過ぎないと考えることができると思 います.つまり,被験者は,類似度のみに着目して確証度判断を行っている のだが,類似度と被覆度の間にある内部相関のために,確証度と被覆度の間 にも相関が生じてしまった.したがって,確証度判断に際して,被覆度に注 目した判断は行われておらず,「心理学的な解釈」として,被覆度は確証度 判断に利用されない,と論文には書いたわけです. 類似度が被覆度に影響を与えるという仮定は,当然統計的な検定だけからは 出てきません.カテゴリに基づく帰納推論という研究領域であれば,十分に 妥当な仮定であると考えられます.類似度と被覆度の定義をご理解いただけ れば,納得いただけると考えております. 柳井先生が書かれている「被験者が確証度の判断に類似度を利用している場 合には,被覆度の利用は確証度の予測を高めるものとはならない」という統 計的に正しい解釈は,このままでは複数の心理学的解釈を許してしまいます. 心理学的知識を利用することで,「確証度判断では,類似度のみに着目して 判断が行われるのであり,被覆度と確証度の相関は,間接効果によるもの」 という仮説を採択し,他の競合仮説(例:被覆度が類似度に影響する仮説) を排除したわけです. ただ,私の論文の書き方が誤解を与えるようなものであったのも事実です. 標準偏回帰係数のみ記述し,単相関係数の記述もないのですから,柳井先生 のように「解釈の誤り」とお考えになるのは当然ですね.以前,早稲田大学 の豊田先生が偏回帰係数だけでなく,類似度と被覆度の関係もきちんと書く 必要があるという指摘をしてくださったことがありますが,その意味が今に なって合点が行きました. 以上,私の考えを述べさせていただきましたが,ここで2つ質問したいこと があります. 1.私が行ったような,心理学的な知識を用いた競合仮説の排除は妥当なの でしょうか? 類似度が被覆度に影響するという仮定を置くことで,初めて 「確証度判断では被覆度は利用されない」という心理学的解釈が可能になり ますが,このような仮定を(ある意味勝手に)入れた上での解釈は許される のでしょうか? 2.1.が妥当であるとした場合,論文では,ここまでが統計的解釈,ここ からは心理学的解釈ときちんと書いた方がよいのでしょうか? この論文で 言えば,やはり構造方程式モデルの結果もきちんと示し,誤解のないように すべきだったのでしょうか? メーリングリストへの投稿ではなく,個人的に送っていただくのでも,大変 うれしいです.よろしくお願いいたします. ******************************** 岩男 卓実(Iwao Takumi) 関東学院大学 教職課程 E-mail: iwao (at) kanto-gakuin.ac.jp Tel: 0465-32-2624(研究室直通) FAX: 042-746-1832 ********************************
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