[fpr 1677] 教育心理学年報の柳井先生の論文について

市川伸一



fpr の皆様:

市川@東大です。

>岩男@関東学院と申します.
>
>心理データの統計的解釈と心理的解釈についてお伺いしたいことがあります.
>
>大学入試センターの柳井先生は,教育心理学年報第39集(1999年度)
>において,柳井先生は,以下のように述べられています(少し長くなります
>が).
>
>**************
>重回帰分析に見られる誤りに,説明変数が2つ以上ある場合の偏回帰係数の
>解釈がある.説明変数x_1,x_2と2つの場合,x_2に対応する偏回帰係数b_2
>の値がゼロであるからといってyとx_2の相関係数が必ずしもゼロではない.
>(中略)
>x_2はyの予測には有用であるが,x_1とx_2を用いて同時にyを予測する場合
>は有用ではなくなる.したがって,岩尾(1999)が述べているように,
> (確証度の予測値)= 0.77**(類似度)+ 0.06(被覆度)
>という予測式が得られ,被覆度の係数0.06が有意でなかったとして,確証度
>の判断に類似度のみが利用され被覆度は利用されていなかったとする解釈は,
>類似度と確証度の単相関係数が有意な相関を持たない場合を除いては誤りで
>ある.一般的には,上記の結果は,被験者が確証度の判断に類似度を利用し
>ている場合には,被覆度の利用は確証度の予測を高めるものとはならない,
>という解釈が正しいものとなる.
>**************
>
>しかし,この「解釈は誤りである」という指摘について意見があります.

この問題、きのう岩男君とも直接話をしていました。論文執筆当時、私が指導教官
であったから応援するわけではないのですが、「統計学的には柳井流解釈が正しく
て、岩男流解釈が誤り。心理学的には岩男流解釈が妥当」などという変な決着にな
るといけないと思って意見を書きます。

私は、暫定的な結論ですが、上記の柳井先生の記述は「誤り」であるとはっきり言
うべきだと思います。後ろの、

>一般的には,上記の結果は,被験者が確証度の判断に類似度を利用し
>ている場合には,被覆度の利用は確証度の予測を高めるものとはならない,
>という解釈が正しいものとなる.

は、穏当で別に問題ないと思いますが、その前の

> (確証度の予測値)= 0.77**(類似度)+ 0.06(被覆度)
>という予測式が得られ,被覆度の係数0.06が有意でなかったとして,確証度
>の判断に類似度のみが利用され被覆度は利用されていなかったとする解釈は,
>類似度と確証度の単相関係数が有意な相関を持たない場合を除いては誤りで
>ある.

というのは、それこそ誤りではないでしょうか。この時点では、「類似度が
確証度および被覆度それぞれの判断に利用され、被覆度は直接には確証度に
影響しない。だから、被覆度(上に類似度とあるのは、岩男君のミスタイプ
ですか?  類似度と確証度は当然、相関してますよね)と確証度には擬似相
関が出る」という岩男流解釈は、統計学的にも可能な選択肢として残されて
いるわけです。なのに、「被覆度と確証度の単相関係数が有意でない場合を
除いては誤り」と言って排除してしまうのは、それこそ「誤り」ではないで
しょうか。これは、岩男君が、

>柳井先生が書かれている「被験者が確証度の判断に類似度を利用している場
>合には,被覆度の利用は確証度の予測を高めるものとはならない」という統
>計的に正しい解釈は,このままでは複数の心理学的解釈を許してしまいます.
>心理学的知識を利用することで,「確証度判断では,類似度のみに着目して
>判断が行われるのであり,被覆度と確証度の相関は,間接効果によるもの」
>という仮説を採択し,他の競合仮説(例:被覆度が類似度に影響する仮説)
>を排除したわけです.

と指摘している通りだと思います。この「統計的に正しい解釈」の中に、上
記の岩男流解釈も、論理的には含まれています。岩男流解釈は、そこに心理
学的考察を入れて、その中の1つの解釈に絞り込んだということですよね。

>ただ,私の論文の書き方が誤解を与えるようなものであったのも事実です.
>標準偏回帰係数のみ記述し,単相関係数の記述もないのですから,柳井先生
>のように「解釈の誤り」とお考えになるのは当然ですね.以前,早稲田大学
>の豊田先生が偏回帰係数だけでなく,類似度と被覆度の関係もきちんと書く
>必要があるという指摘をしてくださったことがありますが,その意味が今に
>なって合点が行きました.

これも、その通りです。しかし、記述がないからといって「解釈の誤り」と
即断するのはやはりおかしいのでは。むしろ「被覆度と確証度には相関があ
る」という記述があったら、きっと柳井先生は判断を間違うことになったで
しょう。

>以上,私の考えを述べさせていただきましたが,ここで2つ質問したいこと
>があります.
>1.私が行ったような,心理学的な知識を用いた競合仮説の排除は妥当なの
>でしょうか? 類似度が被覆度に影響するという仮定を置くことで,初めて
>「確証度判断では被覆度は利用されない」という心理学的解釈が可能になり
>ますが,このような仮定を(ある意味勝手に)入れた上での解釈は許される
>のでしょうか?

そうした仮定をすることが心理学的に妥当だと思って、明示的に導入して
解釈するのは、心理学の研究としてはむしろ正道だと思います。これは、
南風原さんと同意見です。

>2.1.が妥当であるとした場合,論文では,ここまでが統計的解釈,ここ
>からは心理学的解釈ときちんと書いた方がよいのでしょうか? この論文で
>言えば,やはり構造方程式モデルの結果もきちんと示し,誤解のないように
>すべきだったのでしょうか?

岡本さんの指摘にもあったように、構造方程式モデルを持ち出して因果関係
に言及するのなら、はじめからそうするべきであったというのもその通りだ
と思いました。重回帰モデルは、因果関係の表現モデルとして見る限りは、
複数の独立変数がそれぞれ別個に従属変数に影響しているというものですし、
単なる予測を超えて因果解釈をするのにはそもそも適当ではない(解釈に即
した形になってない)のだと私は思っています。

#柳井先生のような学界の権威がある研究を学会誌で「誤り」と書くことは
  けっこう重大なことだと思います。私は、「誤りと書いたのは誤り」と書
  いたわけですが、統計の専門家の忌憚のないご意見を聞かせてください。
  もちろん、確信が持てれば柳井先生に直接うかがうべきと思っていますが、
  私や岩男君がつまらない思い違いをしているといけないので。(岩男流解
  釈のもとでは、b2が0にはならないなどという定理でもあれば、しかた
  ないですけど。)



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