豊田@立教社会です 心理学の研究方法に関する論文を書きました.御笑読・御批判いただければ幸い です.実は,この論文は発達心理会から,本日採択通知をもらった論文です.こ のため著作権は既に発達心理学会に帰属しています.欧米諸国の慣例に従い,メ ールを利用して個人的に皆様にご報告いたします.テフ文書ですが文字の部分だ けで内容は十分に伝わると思います. \documentstyle[a4j,12pt]{jarticle} \setlength{\textwidth}{162mm} \setlength{\textheight}{200mm} \title{実験しなかった要因に対する考察の重要性\\ On the factors which are not treated in expriments} \author{立教大学社会学部 豊田秀樹 \date{} \\Department of Sociology, Rikkyo (St.Paul's) University, Hideki Toyoda} %\pagestyle{plain} \begin{document} \setlength{\baselineskip}{10mm} \maketitle \section{実験しなかった要因の影響} 研究対象の特性値の性質について実践的な知見を得るために実験を計画しようとす ると,特性値に影響を与えると考えられる要因は非常にたくさん候補に上がるのが 一般的である(豊田, 1994).もちろん実験を実施するための物理的制約から,採用 する要因は限定しなくてはならない.このため具体的な実験の計画に際して,多く の要因の中から何故その要因を実験に採用するかについての理由を論文中で述べる ことは不可欠である.けれども「多くの要因が特性値に影響を与える状況で一部の 要因のみを採用して実験を計画する意味」を考察してから実験を実施しているケー スは少ない.むしろ「要因数は少ない方がすっきりしていて良い実験なのだから, 要因数は無条件に積極的に制約して構わない」と誤解されている場合さえある. たとえば「新しく開発された教材が,子どもの認知的な発達に望ましい影響を与え るか否か」検討する実験を例に挙げて考えてみよう.この場合は,まず「教材の新 旧」が実験の主たる要因となる.また主たる要因以外にも,特性値に影響する要因 には「学年」,「教師の経験年数」,「教師のリーダーシップ」,「学級の規模」 ,「プリテストの高低(学力)」,「向性」,「帰属傾向」,「興味」など実験に 採用できそうな要因は多数挙げられる.要因がたくさんある状況では「本論文では 特性値に影響を与える要因として「教材の新旧」と「学年」に着目する」のように 要因を限定し,その要因の重要性を考察して実験計画を述べるのが一般的である. 状況を単純化して「認知的な発達」という特性値が「教材の新旧」,「学年」,「 学級の規模」という3つの要因のみから影響を受け,交互作用は無いものとしよう. このとき実験で「教材の新旧」,「学年」という2つの要因しか採用しなかったら どうなるだろうか.立方体の体積の対数は \begin{eqnarray} \log 体積 = \log 縦 + \log 横 + \log 高さ + 測定誤差 \end{eqnarray} のように交互作用のない3要因配置の統計モデルに良く似た構造をしている.「「 教材の新旧」,「学年」という2つの要因をとりあげて実験を実施する」とだけ記 述して論文を書き進めることは,体積という特性に興味がある場合に,縦と横の長 さしか考慮しないと宣言しているのと同じである.体積という特性に「縦」と「横 」の長さという要因が如何に重要であっても無条件に「高さ」を無視することは許 されない.「高さ」をどう扱ったのかの記述は必須である. 採用しなかった要因に関して,たとえば「「学級の規模」は何故採用しなかったの か,その要因に関してデータはどのような状態にあるのか」についての記述が論文 中に必要になる理由がここにある.採用しなかった要因に対する考察をせずに,要 因の組み合わせをいろいろに代えて実験を繰り返しても,基礎的な知見は遅々とし て蓄積されない. \section{実験しない要因の扱い} 採用しなかった要因に関して,その理由を考察する方法は大別して3つある.1つ の方法はその要因が統制されていることを示すことであり,もう一つの方法はその 要因が無作為化されていることを示すことである.そして第3の方法は,その要因 は特性値に強くは影響しないことを示すことである.どの方向で実験を計画するか によって結果の意味と解釈が異なってくる. まず,要因が統制されているということは,直方体の体積のたとえでいうならば高 さの等しい積み木を選んで,縦と横の長さから面積を求めることに相当する.この 場合は面積を考察することと体積を考察することは同じである.また削除された要 因は誤差の項には含まれず統計的には検定力の高い実験が期待できる.認知の発達 の例でいうならば「学級の規模」を揃えて(使用するクラスの人数をたとえば25 人にして)実験を行うということである.統制の方向で実験を計画すれば採用した 要因に関して確実な知見が得られる.しかしこの方法では,採用しなかった要因の 水準が替わった場合の採用した要因の効果については情報が得られない.たとえば 「クラスの規模が50人に増えたら新旧の教材の効果は逆転してしまう(交互作用 がある:新教材は小人数の場合だけ効果がある)かもしれない」という疑問にこの 実験は答えてくれない.この種の疑問は採用しなかった各要因の水準ばかりでなく 交互作用にも生じるから,統制という方法だけで基礎的な知見を得るには実施不可 能なほど実験を繰り返さないといけなくなってしまう. もう一つの方法は他の要因を無作為化することである.直方体のたとえでいうなら ば,様々な高さの積み木を箱の中からでたらめに選んで(様々な属性の教師や生徒 やクラスを集めて),縦の長さと横の長さの影響を評価するということである.こ の立場で要因を削除するのであれば,削除した要因に関して無作為抽出されている ことを述べる必要がある.ところがこの無作為化は,発達心理学や教育心理学の研 究分野では実現するのが非常に難しい.また「高さ」に代表される考慮されない要 因の効果は,誤差の項に含まれるから検出力は下がる.大きな効果をもつ要因を実 験から削除し,無作為化して誤差に含めたら実験した要因の効果を見出すことすら 難しくなる. ただし開発研究(直面した問題を解決する研究)に関しては,採用しない多数の要因 を上記2つを組み合わせて対処することが比較的容易である.たとえばある予備校 で2つの教授法の優劣を比較する場合に,教授法以外に「学年」,「教師の経験年 数」を実験要因として採用したとする.採用しなかった要因の考察としては,例え ば「授業のすすめ方」,「学級の規模」はその予備校の教育方針と現状で統制すれ ば良い.「プリテストの高低(学力)」は入塾試験で既に統制されていることが多 い.「向性」,「帰属傾向」,「興味」は塾生から無作為に選べばランダマイズさ れる.この予備校で実施されていない「授業のすすめ方」,編成されていない「学 級の規模」,入塾してこないレベルの「学力」との主効果や交互作用の影響は,こ の予備校では直面しないのだから考察できなくて良い.母集団が替わった場合の知 見の頑健性も必要ない.何故ならば実験の目的が,発達心理学における基礎的な知 見を得ることではなく,直面した問題を解決することにあるためである.目的的な 教育活動の主体として予備校を1つの例として挙げたが,限定された状況での問題 解決が目的であれば学校や研究所にも全く同じことがあてはまる.このように要因 の統制や母集団の限定は目的的な開発研究に対しては非常に効率良く機能する.基 礎研究の知見の確認が開発研究のそれより困難であることの本質はここにある. 発達心理学や教育心理学で教科書に載る基礎的な(強固で普遍性の高い)知識は, 強い影響を与える要因が少ない特性に関する知見である.選ばなかった要因の主効 果と交互作用の影響力が実質的に小さければ,だれが,どこで,どのように追試し ても安定した実験結果が期待でき,また要因数が少ないから得られた知見が利用し 易く,次第にその分野の基礎知識として定着していく.優れた基礎研究における実 験は,採用した要因が特性値の変動の主たる原因であり,その他の要因は影響力が 小さいという考察が実質科学的観点からなされているものである.この意味で実験 結果の解釈の一般化は推測統計的な検定ではなく,実質科学的な見識によって了解 され,多くの研究者に了解された知見が基礎的な知識としてその学問に蓄積される. \section{結論} 特性に影響を与える要因は,1つ1つを独立に取り上げて実験計画に採用するか否 かを決定することはできない.どの要因を実験に採用しないかという決定は,どの 要因を採用するかと同じくらい重要な決定である.採用しなかった要因は統制され ているのか,無作為化されているのか,あるいは特性値に影響しないのかという, 分析者の考察を実験計画といっしょに述べる必要がある. \begin{center} 引用文献 \end{center} 豊田秀樹 1994 違いを見ぬく統計学. 講談社ブルーバックス. \end{document} ---------------------------------------------------------------------- Hideki TOYODA Ph.D., Associate Professor, Department of Sociology TEL +81-3-3985-2321 FAX +81-3-3985-2833, Rikkyo (St.Paul's) University toyoda (at) rikkyo.ac.jp 3-34-1 Nishi-Ikebukuro Toshima-ku Tokyo 171 Japan ----------------------------------------------------------------------
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