豊田@立教社会 過日は立教大学での第60回日本心理学会大会に多くの方々がお運びくださり,有り 難うございました.私にとっては勉強になる発表の多い大会でした.しかし出席し たシンポやワークショップでは,いろいろと発言もしたかったのですが,生来,私は 無口で内気なためそれがかないませんでした.そこで大会終了後に書いた私の「日記」 を引用して私が出席した会の感想を述べようと思い立ちました.以下,御用とお急ぎ でない方,お付き合い下さい. \section{大会発表でのシンポジューム・ワークショップ} 天気もよく,充実した大会であった.特に,私と安藤さんで企画したシンポに100 人以上のお客様がきてくれた.シンポの間中うれしくて涙がでそうだった.なにしろ 今年3月の発達心理学会でのシンポには,4人しかお客が来なくて(発表者側は5人)お 呼びした藤永先生に申し訳なかったのだ.明日からまたがんばる元気が出た. 「テストの理論家と実際家とのコミュニケーションギャップ解消を目指して」と題し たシンポジュームがあった.複数の大学における心理教育評価・測定のカリキュラム の紹介があり,その内容が工夫されていたのでとても興味深かった.私は,ギャップ が大きいのは,テストの理論家が欧米の(特にアメリカ合衆国の)理論を珍重し過ぎ ていることが原因であると思う.心理学における多くの分野は残念ながら輸入学問と しての性格強く,学問水準の差からしかたない面もあるが,ことテスト理論に関して は日本人固有の風土や気質を尊重した理論を作らないと実際家とのギャップはいつま でたっても絶対に埋まらないだろう.「同じ問題を出題できないので項目特性を調べ にくい」とか,「大問主義で局所独立が仮定できない」などのボヤキは,本多勝一が いうところの「植民地型知識人的発想」なんだろうと思う.直輸入の服が日本人の体 系に合わないように,直輸入の理論も日本では通用しにくい.S-P表・共分散比・入れ 替わり率など,当日のシンポジュームでは全く言及されなかった日本の固有の事情を 反映し,日本で育った理論が今後も開発されれ続ければ,ギャップは小さくなってい くに違いない. 私は,因子負荷の推定に「相関行列の対角要素に共通性の推定値を入れて固有値問題 を解く」方法は,完全に時代的使命を終えていると考えている.この方法は統計モデ ルの推定法として非常に特殊で正確でなく,初心者への教育という点からも望ましく ないので,かつてのセントロイド法と同様に,現在では選択する理由がない.ところ がワークショップ「心理学研究の自己点検(3)」において服部環氏は,共通性を反復推 定する主因子法は,最小2乗解に到達するのに効率が良くないので,最初から最小2乗 解を利用した方がよいという,更にラディカルな主旨の主張をおこなった.服部氏の 主張に全面的に賛成である.推定法の理論的な進歩が速いので,将来を見こした結論 は出せないけれども,少なくとも今現在では最小2乗法・一般化最小2乗法・最尤推定 法の中から推定法を選ぶのが定石といって良いのではなかろうか. ワークショップの中盤に演者以外の人から,因子分析法は不適解が生じ易いので主成 分分析を代わりに使用してはどうかとの意見が複数出た.しかし私はそうは思わない. 心理尺度の解析をする場合には,因子分析を主成分分析で代用しない方が良いと考え る.例えば第1主成分を抽出して,それを因子分析モデルとして解釈すると,$i$番 目の項目$x_{i}$は主成分$f_{1}$と主成分負荷$a_{i1}$と誤差$e_{i}$によって \begin{eqnarray*} x_{i}=a_{i1}f_{1}+e_{i} \end{eqnarray*} と分解したことになる.$a_{i1}f_{1}$を真の得点$t$と見なせばテスト理論のモデル 式になるし,主成分を複数抽出しても右辺の各項は互いに無相関となる.しかし項目 $i$と項目$j$の誤差は無相関であるというテスト理論の前提は満たさない.項目$i$と 項目$j$の誤差に相関があるということは,たとえば,一部の項目群が紋切り型の同一 表現をしている場合,分析者の気が付かなかった共通の誤差変動要素を持っている場 合,テスト終盤で疲労して同じ場所に回答した場合など,ワーディングや項目構成の 不備という心理テストとして望ましくない状態の現われである. 項目$i$と項目$j$の誤差に相関がある状態で因子分析を行えば適合度が下がる.残差 行列を見ればどこに欠陥があったのか診断できる.あまりにいいかげんな項目群なら 不適解となるだろう.いっぽう主成分分析では仮に誤差に相関を生じさせるようなワ ーディングや項目構成の不備があっても,それなりの項目の分類をしてしまう.不適 解はまず起きない.だからこそ,因子分析の代わりに主成分分析を使用しないほうが よいのだ.また,誤差に相関がある状態での項目の分類・吟味は,再検査信頼性や折 半信頼性や$\alpha$信頼性の仮定に反しているので,その後に続く分析との立場が矛 盾する. むしろ項目分析をする際には,無条件に因子分析をする(していいんだ)という無批 判にうけいれられる研究の定石を改めるべきではないだろうか.手元の相関行列は, 因子分析モデルがあてはまらない相関行列である可能性を吟味するという視点が,現 在,完全に見落とされている.因子分析で論文を書く際には,GFI等の適合度指標を 計算して,因子分析を行ったことの妥当性を確認しても良いのではないだろうか. 少なくとも,(たとえば心理テストから計算された)相関行列には(2,3因子のあ るいは,それ以上の)因子分析モデルがあてはまらまい可能性もあるのだという認識 は早急に確立すべきである. ---------------------------------------------------------------------- Hideki TOYODA Ph.D., Associate Professor, Department of Sociology TEL +81-3-3985-2321 FAX +81-3-3985-2833, Rikkyo (St.Paul's) University toyoda (at) rikkyo.ac.jp 3-34-1 Nishi-Ikebukuro Toshima-ku Tokyo 171 Japan ----------------------------------------------------------------------
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