[fpr 659] 行動遺伝学

豊田秀樹

豊田@立教社会です

安藤氏(慶応大)より,私(豊田)の記事に対してコメントが寄せられているの
をKRのWWWで見つけましたので,意見を述べます.なおこの文章はKRと
FPRの両方に投稿します.

http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/ando0224.html
安藤>私は、遺伝効果を明らか
安藤>にすることによって、教育効果を上げようとか、教育成果に対する予測力を
安藤>上げようということには、全く関心がありません。関心がないだけでなく、
安藤>基本的にそれは個人レベルの意志決定については不可能であり、そしてその
安藤>ことを忘れて個人レベルの意志決定に行動遺伝学的知見を導入することは断
安藤>じて避けるべきであると確信しています。その意味で、遺伝研究と教育とは
安藤>「関係ありません」。私も、人間の成長という、それこそはやりの「複雑系」
安藤>の見本のような現象に対し、遺伝要因に何らかの「決定因」のような意味を
安藤>与えるのは、時代錯誤であると思います。前回のコメントで、つまらない固
安藤>定的な遺伝観は捨てようといったのはその意味からでした。

安藤> しかし教育研究とは、なにも教育実践に役立つ研究ばかりではないでしょ
安藤>う。まして学校の先生にとって役に立つ研究だけが教育研究ではないはずで
安藤>す。むしろ私は象牙の塔の中でしかできないことをやるのが研究者の社会的
安藤>役割だという主義(?)ですので、たとえば、教育は遺伝的情報の発現に対
安藤>して何をしているのか、とか、教育の進化論的意義は何かというような、従
安藤>来の教育心理学では扱わなかったような、新しい教育に対する見方について
安藤>知見を与えるのも、ひとつの学問的進歩だと思うのですが(もちろんまだ私
安藤>の研究がその意味で十分な達成度を示しているとはいえないことは確かです
安藤>が)いかがでしょうか。そしてそのことが、間接的に、学習者が自らの成長
安藤>について洞察をする際の助けになるのではないでしょうか。

上記の発言は,非常に危険な考え方です.教育学者・心理学者が遺伝研究に対して
持つ,懸念そのものです.

無藤氏のように,「教育とは関係ありません」だから研究しません.というのは
,それに賛成するか否かは別にして,研究姿勢として完結しています.しかし
「教育と関係ありません」でも研究します.というのはあまりにも無責任です.
遺伝の研究成果が,歴史的に,多くの庶民や遺伝的に劣った(とされた)人々
や民族に多大な不幸を与え,憎むべき,卑劣な処遇を提供したことは事実です.
だから,これまで教育に近いところで遺伝を研究する人が「白い目」を向けられた
ことには,理由があるし,今もこれからもずーっと「遺伝研究からの知見は容易
に悪用が可能だ」という十字架を背負い続けるのです.

銃の製造にたとえると,無藤氏は,銃の製造と人間の幸福とは関係がない.だから
自分は作らない,といっていることになり,態度として完結してます.しかし
悪用は簡単なのだから,銃の製造と人間の幸福とは関係がない.でも作る.
といいっぱなしなら非常に危険です.銃を作るのであれば,腹をくくって,納入
先(たとえば警察とか)まで責任もつべきです.警察から盗み出された銃までは
,ちょっと,責任はおえませんが,少なくとも出荷(公刊)までは,インプリケー
ションの責任もたなくてはだめです.

「奇数の完全数はあるか?」のような研究テーマは,象牙の塔の中でしか
できないし,そうすることにこそ意義があるのです.しかし遺伝という研究テーマ
を象牙の塔の中でおこなっては,絶対にいけません.
ワイドショーでは「何千満円もはらって,私立小学校に特別に入学」とか
「卒業後も血の結束」と報道しています.(真偽は知りません,報道されている
ということがこの場合は大切です.)十字架をおろし,インプリケーションを語らず
だまって研究続けることは,「関係ない」どころか,多大な悪影響を社会に与えます.

それから,全般的に,議論の方法に疑問があります.といいますのは
第1に

http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/kr0204a.html

の中で,守氏が「疑問点1」というとても理論的な批判をしているのに,
それには,まったく答えずに

http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/ando0224.html

で,まったく同じ主張を繰り返し,議論がまったく深まっていません.
第2に

http://zenkoji.shinshu-u.ac.jp/mori/kr/toyo0221.html

で具体的な,意思決定に役に立つ例を3つ挙げているのに,それを全く議論,批判せず

安藤>基本的にそれは個人レベルの意志決定については不可能であり、そしてその
安藤>ことを忘れて個人レベルの意志決定に行動遺伝学的知見を導入することは断
安藤>じて避けるべきであると確信しています。

と断じています.メールでのやり取りはお互い忙しいので,応えないというのは
しょうがないのですが,実際にメールを書いているのですから,上記の議論の
組み立てはよくないと思います.
	

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Hideki TOYODA Ph.D., Associate Professor,      Department of Sociology
TEL +81-3-3985-2321 FAX +81-3-3985-2833, Rikkyo (St.Paul's) University
toyoda (at) rikkyo.ac.jp  3-34-1 Nishi-Ikebukuro Toshima-ku Tokyo 171 Japan                                  
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