[fpr 716] "Student" のt分布

SUZUKI, Tokuhisa

鈴木@日経です

いまだにt分布の命名由来にこだわっていますが、単行本になった
安藤『多変量解析の歴史』(現代数学社)をみても、"Student"と
いう筆名と、t分布のtとは関係ないようです。もう「Gossetの筆名
に由来する」と教えないほうがいいかも知れない。人文社会科学系
の学生を混乱の奈落に落とすようなものです(私のように)。何人
かの統計の先生に聞いてみましたが、多くは「知らない」という回
答で、珍説としては「"Student"の中にtが2回出てくるから」と自
信をもって授業で教えているという先生がいました。「t検定のtは
検定(test)のt」という説もあるようです。

とにかく1922年11月7日の Fisher への手紙の中で、Gosset 自身が
「z をやめて t にする」ことを提案した時、t分布は t分布となっ
たのであり、なぜ Gosset が t という記号を選んだかは、Gosset 
がいないので想像の域を出ない。アルファベットを消去法で選ぶと
意外に手垢(強い連想)のついていない記号が少なかったからかも
知れない。筆名説を残してもいいけれど、謙虚な性格だといわれる
 Gosset が自分の名前をつけるだろうか?。

もっとも謙虚とはいえ、筆名で発表するように示唆したのはピアソ
ンであって自主的措置ではないと安藤(1997)に書いてある。文字ど
おり受け取ると、会社に内緒でジャーナルに発表したことになるの
で、会社員の行動としてはちょっと想像しにくい。業務上知り得た
知見を公表することを企業(特に製造業)が嫌うのは古今東西似て
いるようだし、ビール会社の社員はビールを売ることが仕事で、論
文を書くことが仕事ではない。新聞記者も事実を報道して新聞を売
ることが仕事で、クレジット原稿をためて、現役で単著の本なんか
出すのは宜しくない?。案外、日頃からピアソンに「会社がうるさ
くてさあ」などと愚痴でも言っていて、ピアソンの方もその状況・ 
立場をよく理解していたんじゃあないかと想像してしまう。親切な
レフリーだ。

それはともかく安藤(1997)のような読み物は、人文社会科学系には
やはりいいですね。少なくとも式の行間に、読んで面白い言葉があ
る。Rao の『統計学とは何か』もそれに近い。日本人の統計の本で
は書物・作品として面白い本は少ないか?。林知己夫氏の本はちょ
っと違う感じ。と思っていたら、松原『計量社会科学』(東大)が
面白そう。まずデカルトから始まるのがいい。行間にヴィトゲンシ
ュタインを引用する手つきもいい。私は密かに、この未知の著者を
「意志決定のベイジアン」とイメージし、自分だけで「決定先生」 
と名づけて敬遠していたけれど、参考文献リストにあった『わかり
やすい統計学』もついつい買ってしまって、開くと『OL進化論』
の引用があり、これがまた本質的引用。こんな広がりのある教科書
を書く決定先生の授業なら受けてみたい、と思う。こんな印象は東
工大の遠山啓の本以来です。

で、松原先生の教科書では、t は「ゴセットの筆名 "Student" に
よる」と説明してある。

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鈴木 督久 ( SUZUKI,Tokuhisa )      e-mail: stok (at) nikkei-r.co.jp
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