[fpr 951] 手回し計算機

豊田秀樹

豊田@立教大学です

Keizo Hori <hori (at) ec.kagawa-u.ac.jp> さんは書きました:
>堀@香川大学経済学部です。
>豊田秀樹『調査法講義』朝倉書店 1998.4.10 \3000
>は従来の調査法で触れないことも触れていてなかなかおもしろいです。
>まだ途中までしか読んでません。
>最初の調査法からの反論というのがなかなか気が利いてますね。

ありがとうございます.おほめいただいて,素直に嬉しいです.

この本を書く直接のキッカケは,統計処理を用いた心理学的研究に対する
実践的教育心理学とか現場(フィールド)心理学とかを標榜する人々の批判
でした.データ解析は人間研究の「リアリティ」を希薄にする,というよ
うな批判です.

実践的教育心理学とか現場(フィールド)心理学とかを標榜する人々の中に
はちゃんとデータ解析を勉強している人がいない(ように見えた)ので,
最初は気にも留めませんでした.勉強不足のせいだ.ブラックボックスと
して使っておいてリアリティがない,というのは虫が好すぎると,今にな
ってみると大変不遜ですが,内心,そういうことをいう輩を軽蔑しており
ました.ケチくさいセクト主義で,自分の苦手なものを嫌っているのだろ
うくらいにしか思わなかったのです.しかし,今では彼らの不勉強ばかり
が原因ではない,と考えを変えました.といいますのは...

ブラックボックスでない知識は,どこにかいてあるのか,というと,これが
あまり書いてないからです.ほとんどの教科書は料理本(cook book)です.
データの形式と目的と公式を(料理の仕方を)書くだけで,公式は導出しな
いのです.これでは学問的興奮は伝わりません.条件反射を形成しているだ
けに思えたのです.また,不思議なことに,多変量解析のような高度な統計
手法はきっちり導出しているのに,実験法やそれより身近な調査法を導出し
ている教科書はほとんどありません.その原因は,50年代だからこそ正しか
った岩原先生の流儀が,そのあまりの成功ぶりにグレートマザーになってし
まっていて,心理統計の教科書の書き手がそこから脱却できなくなっている
からだと思いました.そこで半年くらい前に FPR で以下のような記事を書き
ました.

Toyoda Hideki <toyoda (at) rikkyo.ac.jp> さんは書きました:
>豊田@立教大学です
>古典的名著で心理・教育データ解析に多大な影響を与えた岩原著「教育と
>心理のための推計学」(1957)ですが,誤解を恐れずにいうと,現在で
>はむしろ弊害を与えていると最近感じています.この本は,理論は知らなく
>ても,丁寧な数値例が載っているので正確につかえるという意味で,とても
>良くできたクックブックです.しかも通常使用する多くのデータ解析の操作
>が網羅的に書いてあるので,必要に応じて「答え」を探せばいいという印象
>を与えます.データ解析を必ずしも専門としない心理・教育の研究者の労力
>を著しく少なくする有り難い本でした.理論をブラックボックス化しておい
>て,当面の間(30年間?)問題を先送りしました.50年代は日本は貧乏
>だったし,圧倒的に遅れていたからその時代としては正しい選択でした.
>そのつけは,今になって,統計的検定その他のマニュアル的使用による誤用
>の問題等となって現れています.データ解析をすると心理学の研究のリアリ
>ティがなくなるなどという間違った主張もなされ始めています.ブラックボ
>ックスとして使っておいてリアリティがないというのは虫が好すぎます.こ
>れからは,日本も豊かになったし,「網羅的」「ブラックボックス的」の逆
>のコンセプトの教科書が望まれます.スモールステップで誰が読んでも(操
>作だけではなく)理論が解る本です.そういう本は分厚くなるので,手法ご
>とに何冊も出す必要があります.岩原の本を1冊もっていればいいやという
>時代はそろそろ卒業すべきです.
中略
>少し前までは手計算に,ほんの少し前まで計算機の習得に当てていた時間を,
>今こそ理論の理解に当てる時代が来た,と思っているのですが....

言うだけではなく,示してみようと思いました.
うんざりするほどスモールステップに,愚直に式を導出しても,教科書はそん
なに厚くならないことを,拙著では示したかったのです.しかし,途中の展開
を示すことは,とても恐いことだということに気が付きました.センスの良い
ひとが1行で導けるところを,5行も6行も費やして導いているかもしれず,(
こういう指摘は執筆中に何度かされて,穴があったら入りたいくらい恥ずかし
かった)自分の数理的なセンスがたいしたことないことが,バレるからです.
これは書き手としてはとても恐いことで,多くの著者が途中の式展開を,教科
書からはぶく,ひとつの有力な理由を,今回,身をもって体験してしましまし
た.

大上段に振りかぶった文章を書いてしまいました.皆様からの厳しい御批判を
いただければ幸いです.

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TOYODA Hideki Ph.D., Associate Professor,     Department of Sociology
TEL +81-3-39852323 FAX +81-3-3985-2833,   Rikkyo(St.Paul's)University
toyoda (at) rikkyo.ac.jp 3-34-1 Nishi-Ikebukuro Toshima-ku Tokyo 171 Japan
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