[fpr 1564]

出口慎二

はじめまして,出口と申します.心理学畑の人間ではありませんが,若干データ分析
と関わりがありまして,このMLに登録させて頂きました.よろしくお願いします.

岩手大学の我妻則明様の[fpr 1561]を拝見しましての意見です.

>
得られた結果を一般化し、その一般性の範囲・限界を実証的に明らかにするには、標
本による追試を重ねていく必要があるように思われるのですが、いかがでしょうか。
>

ほぼ,同意見です.

「これまでの記事」で,昨年末の"[fpr 1542] 基本的なことですが"以降の皆様のご
意見を拝見させていただきました.私はあまり難しいことはわからないのですが,推
定を行う前提たるランダムの必要は,何らかの理由により統制されなかった一切の要
因を,誤差として扱う為のものと理解しております.従って,誤差に何かしらの傾向
が含まれるのならば,その推定は,一般化に耐え得ないことが起こり得ると思いま
す.

ところが知りたいことは,一般化して語れること.一見,ランダムという要件が満た
されていないと,その調査自体に意味がないように思えます.蓋し,それは1回の調
査で何をか語ろうとする点にも問題があるのではないでしょうか.

>
…,同一の手続きで追試しても、先行研究から得られた結果と同一の結果を得ること
ができない場合が多かった([fpr 1561]からの孫引き,出典は[fpr 1561]参照)
>

例え先行研究通りの結果でなくとも,追試において,何かしら共通した知見が得られ
るならば,誤差として扱ってしまった,実は有意な要因,が異なるにもかかわらず,
共通した部分を見つけたことになると思います.いくつかの追試を重ねても尚,共通
して見られる傾向があるならば,その部分に関しては「解釈上」一般化して語れるも
のと言えるのではないでしょうか.

もし「解釈上」で問題があるのならば,この複数の調査の結果の差の検定をしてみて
も良いのではないでしょうか.共通する母集団から抽出された標本の平均の分布に
は,正規性を期待できたと思います(中心極限定理).

上記理由で,同じ手順による追試の有用性を支持します.

但,追試を行うことに,あまり意味の見出せないケースもあります.例えば,以下,
1つの例です.

メディア等を含む,広い意味での社会化のエイジェント,及びその影響の,調査時点
による違いまでを,要因としてデータの測定対象にするのは,少々無理を感じます.
こうした点は誤差として扱われるわけですが,こうした「意味のある誤差(?)」
が,共通性を失わせているであろうことが事前に予想できる場合は,費用対効果の観
点から,先行研究を参考にしつつも,追試ではない,何かしら新しい実験を行うこと
になるのではないでしょうか.

こうした私の考え方の基本は,「1回の調査結果を絶対的に評価することはむつかし
い,何かと比較してこそ評価できる」ということです.

例えば,参院議員選挙の投票率が42%,というのは高いのでしょうか,低いのでしょ
うか.1996年の[fpr 498]以降,選挙の予測調査の話がありましたが,よく考えてみ
ると,自分が1票を投じることによって自分自身が得られる利益とは,投票するコス
ト(わざわざ投票所に足を運ぶ労力等)を上回るのでしょうか.投票結果の影響は,
その利益も不利益も,投票しなかった人にも得られるものでしょうから(合理的選択
理論;A.タウンズ,W.ライカーとP.オードシュック等).それなのに,日本中の有権
者,遊びまわってる人や休日も働いてる人,高齢の方もすべてひっくるめて,4割以
上の人が,同一時間帯に,投票という同じ行動をとっている,というのは気持ち悪さ
さえあると思うのですが.それでもこの数字が「低い」とされるのは,やはり過去と
の「比較」や,選挙という制度の正当性に求められるであろう投票率との「比較」が
あってこそではないでしょうか.

>
…,この論点について論じている本や論文について、教えていただければ幸いです。
>

長くなりましたが,こうした私の考え方は,林知己夫氏(統計数理研究所名誉教授)
の著作の影響によるところが大きいと思います.心理学の実験とは異なり,社会調査
の分野ですが,考え方は広く役に立つものと思われます.もはや店頭には並んでおり
ませんが,1冊挙げると,

『調査の科学 ―社会調査の考え方と方法』林知己夫,1984,講談社ブルーバック
ス,ISBN 4-06-118171-8(0)

例えばこの本の第5章「データ分析のロジック」に,「大切な継続調査」という節が
あります(p.154).

長くなりまして申し訳ありませんでした.私は研究者ではありません.大変な勘違い
がありましたら,ぜひとも,皆様に訂正して頂ければと思っております.

| FROM : 出口慎二
| mailto : s_deg (at) fsinet.or.jp



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