「心理学」と直接関係はない本ですが、科学方法論とりわけ、 実験的方法、実証科学、剽窃問題、研究論文におけるレトリック、 また、「定説」と思いこみ、科学者の競争心、に興味のある方々に お薦めいたします。 ★小柳公代(1999)「パスカルの隠し絵:実験記述にひそむ謎」中公 新書1510 \800 定説や常識をひっくり返すような研究や芸術に触れるのは痛快な ことだ、と思う人にとっても、お薦めの本です。 物理学者としてのパスカルは、厳密な実証的方法による研究をお こなったと一般に信じられてきました。しかし、彼の実験の記述の ほとんどが実際にはおこなわれた形跡のない「思考実験」であった と「実証的」に主張する本書は説得力があります。しかも、それを 当時の科学者同士の対立の状況を調べることにより浮き彫りにして いるのです。著者が仏文出身でフランス一七世紀文学専攻の教授と いう肩書きをもち、文献研究をすすめながら、和光大学の内田正夫 先生らとも共同で物理の再現実験をおこなったりという、文系・理 系のクロスオーバー的探求方法もおもしろい。 内田氏(私の同僚です)によれば、トリチェリの真空実験で水銀 が宙づりになる理由を知っているけれど、それを書けない事情があ り、しかし、そのことを知っているのだぞということを、わかる人 にはわかるようにしておきたい、という相矛盾する動機(隠し絵= パスカルの策略)で『真空に関する新実験』をパスカルは出版した のだということを明らかにしたことにある、ということが本書のポ イントです。しかも、この謎解きは、三五〇年以上後の現代日本 で、二人の研究者(小柳・内田)によって発見されたということな のですね。 「心理学研究の基礎」を考える、参考になるかもしれない(ならな いかもしれない?)と思い、御紹介しました。 伊藤武彦 和光大学 人間関係学部 人間発達学科 教授(心理学) 大学:〒195-8585 町田市金井町2160 電話:044-988-1431 FAX:044-988-1435 E-mail: itot (at) wako.ac.jp
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