[fpr 1700] 集団平均と統計的なアーティファクト

岩男卓実

南風原先生・FPRの皆様

Tomokazu HAEBARA <haebara (at) educhan.p.u-tokyo.ac.jp>さんは書きました:

前回の質問に対しては,色々と貴重なご助言をありがとうございました.
皆様のご助言などを参考に,現在柳井先生ご自身とあの解釈結果について
お話(メール)する機会を持たせていただいております.思い切って投稿
して良かったです.

> このことと関係することですが,岩男論文では,重回帰分析の独立変数も
> 従属変数も,20人とかの被験者による評定値の平均がデータとして用い
> られています。つまり,集団平均の間の相関関係の分析がなされているわ
> けです。ここで気になるのは,集団平均ではなく各個人ごとに重回帰分析
> をしたらどういう結果が得られるか,「手がかりの利用」について,個人
> 間でタイプの違いのようなものが推測されるような結果にはならないか,
> もしそうだとしたら,集団平均を用いた分析結果というのは,どういう意
> 味をもっているのか,ということです。
> 
> 個人ごとのデータでは尺度値がとびとびであることや,測定誤差のために
> はっきりした傾向が見られないかもしれませんが,もし,そういう分析を
> やってみたらこうなった,というような知見がありましたら,ぜひうかが
> いたいと思います。

南風原先生の御指摘の通り,「相関がある」ことと「手がかりとして利用し
ている」ことは区別すべきだと思います.私の以前のメールでも,統計的解
釈と心理的な解釈は基本的には峻別すべきだ(構造方程式モデルのような例
があるので,「基本的には」としますが)というのが,私の主張でした.

南風原先生が指摘なさっているように,岩男(1999)は,集団平均の間の相関
関係の分析になっています.しかし,個々人ごとに相関係数を取って,全く
バラバラな結果になっていたとするならば,それは「手がかりとして利用し
ている」とは言い難く,単なる「統計的なアーティファクト」に過ぎないの
かもしれません.個々人の差を平均することにより潰してしまい,実際の個
々人の認知プロセスとは,かけ離れたものになってしまっている,というの
は実は心理データの世界では多いのかもしれません.

岩男(1999)のデータですが,「特殊帰納」において,個々人に重回帰を行う
ことまでは行っていないのですが,「一般帰納」において,分散度と確証度
の相関係数を,個々人ごとに算出することは行っていました.被験者は,2
0名の生物学専攻博士課程大学院生です.この内,18名の相関係数が,
0.34 〜 0.92(mean=0.59).でした.ところが,残り2名の平均は,-0.64
となりました.この2名の回顧的プロトコルデータを見ると,この2名は,
課題を間違えて解釈していると考えられます.そのため,残り18名のデ
ータから,「一般帰納」においては,「確証度の判断に分散度を手かがり
として利用している」と判断したわけです.ところで,平均値を潰した
データだと,この相関係数は,0.85に跳ね上がります.これは集団平均を
用いることによって測定誤差が減ったことによるものなのでしょうか?
この辺りは不思議だは思ったのですが,先行研究(Oshersonら)以来,集団
平均を利用しているため,岩男(1999)でも集団平均に基づいて分析を行っ
た訳です.

現時点では,Oshersonらの研究や岩男(1998,こちらは心理学研究)
で見られた「被覆度」と「確証度」の相関は,集団平均を取ることで
個人差を潰してしまったことによって生じた「統計的なアーティ
ファクト」に過ぎず,人間の認知プロセスの反映ではないのではない
かと考えています.実は数タイプの異なる基準で判断する被験者が
いるのだが,集団平均を取ることで個人差を潰した結果,確証度は
被覆度と(見かけの)相関を取ることになってしまったと考えていま
す.このとき,本当の人間の認知プロセスはどのようなものかという
ことになると思いますが,東京大学の繁桝先生がご提案なさっている
ようなベイズ的なモデルもあるのかもしれませんが,一応私なりにも
考え,分析をしている最中です.

ともあれ,南風原先生としては,このような個人差を潰した集団平均
を利用することによって生じた「統計上のアーティファクト」を,無
自覚に人間の思考プロセス,あるいはパーソナリティとして主張して
いるケースがあるのではないか,という主張をなさりたいのではない
か?,と考えておりますが,確かにこのような例は少なくないと個人
的には感じております.岩男(1999)の研究1の「一般帰納」にしても
分散度と確証度の相関が0.34に過ぎなかった被験者が「分散度を手が
かりとして利用している」と言うことは可能にしても,「分散度に基
づいて判断している」とまで解釈することは問題があるように思えま
す.

このような「集団平均」に基づいた解釈や議論を行うことの問題点に
関する研究はあるのでしょうか? また,「統計的なアーティファク
ト」の発生条件に関する研究はないのでしょうか?

南風原先生,ご参考になれば幸いです.

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岩男 卓実(Iwao Takumi)
関東学院大学     
E-mail: iwao (at) kanto-gakuin.ac.jp
http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~iwao/
Tel: 0465-32-2624(研究室直通)
FAX: 042-746-1832
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