[fpr 2144] 行動計量学会春の合宿セミナー

繁桝算男

繁桝@東大駒場です。
狩野さんに習って,春の合宿セミナーで自分の担当する部分の内容を紹介させて
いただきます.
やや長文です.関心のない方にはすみません.この辺で次のメールへ移ってくださ
い.
もし関心のある方がいらっしゃれば,直接、わたしにe-mailください。
****************
最近のニュースで,7時間寝ると最も寿命が長くなると言う記事がありました.
この因果関係についてどう思われましたか?(アメリカ対ガン協会の110万に対
する6年間の追跡調査)。

議論をはじめるには,因果関係を定義しなくてはいけません.Rubinたちは,
因果関係とは,同一の被験者が異なる処遇を受けた場合の差として、因果関係を
定義します.たとえば,アスピリンが心臓病の再発防止に役立つと言うならば,ア
スピリンを飲んだ場合と飲まない場合の30年後を比較すればいいわけです.でも
なにか変ですね.そうです.一人の人はひとつの処遇しか受けられません.(これを
彼らは基本的大問題と言っています.)

もし,この因果関係を集団の平均の差で定義してもいいと言うならば,無作為割当
によって,この平均の差を代用してもいいと言うことになっています.(期待値の
差は無作為割り当てによっても,本来の因果関係の定義に一致します.)無作為割
り当てが実験的方法の要だと言うことがわかります.

しかし,上記の調査は,もちろん,無作為割り当てをしていません.(アスピリンは
実際に無作為割り当て実験がありますが、睡眠時間を割り当てるわけにはいかな
いでしょう.)それでは,無作為割り当てがない限り、因果関係を言うことは出来
ないのでしょうか.

Rubinたちもそこまで狭い意味では因果関係を使っていません.しかし,少なくとも,
概念的には,他の共変数の値と無関係に,その処遇の割り当てを行うことが出来る
ことを条件としています.睡眠時間は,やや微妙ですが,まあ,目覚ましなどを利用
して,何とか制御できるとしましょう.

あるがままを調査したデータからは,Rubinたちの定義する7時間と8時間の効果の
因果関係的差はわかりません。その他の条件を同じとして比較したいですね.そ
のためにはどうすればよいでしょうか.7時間睡眠の人と8時間睡眠の人で,他の
共変数が同じような人を選んでペアを作り,そのペア間の差を計算すればいいの
ではないでしょうか.

この素朴な考え方が,実際にかなり注目を浴びています.“同じような人”と言う
ときに,各処遇を受けるようになる確率を共変数によって予測し,その値が同じよ
うな人をペアにするというとき,この方法は,傾向性得点(propensity score)によ
る調整と言います.これもRubinがからんでいます。

上記の新聞記事では,7時間と8時間の共変数のことには触れられていません.
ちょっと考えても,体の丈夫な人ががんばって仕事をして7時間で睡眠を切り上げ
ている可能性があります.(睡眠時間は平日のデータのようです.)


因果関係を操作可能な要因のみに限定するかどうかにはどうかはもちろん異論が
あります.
哲学者S.J.Millなど,そうそうたる人も,そのような相関関係的因果関係を否定し
ません.ただし,その他の条件を一定にしてと言う,偏回帰係数の解釈などでおな
じみの言い方が許されるかどうかが争点になるのではないでしょうか。.

私のゼミでは,まず,松原,佐伯の本の高野さんの章と,私が,理論心理学会で発表
した,Rubin流の因果関係の定義,準実験のバイアスの補正の方法,相関関係から因
果関係を引き出す方法について,まず,講義します.そのさいにpropensity score
による調整の方法の実例などを学習します.

その後,この方面の代表的な論文をいくつか読みます。最後に,相関関係から
因果関係を読み取る方法,回帰分析,階層的重回帰分析,パス解析,共分散構造分析
などの方法について,自由に議論したいと思っています.これらの方法は,モデル
に依存することによって,ほかの変数の値を一定にという事態を仮想実現してい
るようですが,この仮想の理論的,実際的正当化が問題になると思います.

これから準備するくらいですから,たいしたことはできません.私の普段のゼミの
ように,大いにインタラプトしつつ,議論したいと思います.統計のプロよりもア
マチュアを歓迎します.







繁桝算男
(東京大学総合文化研究科生命環境科学系心理学)
tel.03ー5454ー6267
fax.03ー5454ー6979



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