新潟大学の柴山です。 fpr2256の最後で少しふれました、 南風原「心理統計学の基礎」有斐閣 の推薦文です。「である」調で書きましたので、堅苦しいですが、 ご参考までに。 ーーーーーーーーー 南風原著「心理統計学の基礎−統合的理解のために−」有斐閣 この本を手にしたとき、まるで実際の講義を目の当たりにしている ような感じを受け，数日かかって一気に読み上げた。以下，その読後 感である。 まず，テキスト全体を通して，実に自然な感じで解説が組み立てら れており，スムースに統計の基礎概念が頭の中に入って来る。いわゆ る記述統計から推測統計に入り，いったん第７章で線形代数と自由度 などの準備をした後，さらに第８章で偏相関と重回帰分析，第９章で 実験デザインと分散分析，第１０章で因子分析と共分散分析までの高 度な分析方法を，必要に応じてベクトル幾何学的なわかりやすい説明 を交えて進んで行くところなどがそれである。しかも，比較的理解の 容易な概念を説明しながら，次の段階の概念にさらりと触れておく， たとえば合併した集団における分散の説明に関連して，それと分散分 析がどうつながるのか，あるいは，回帰直線を説明した直後に共分散 分析の考え方を端的に述べておくなどといったあたり，実に配慮され ている。 次に，単に理論的なことばかりではなく，実際の研究を進めていく 上で疑問に感じながらも，なんとなくうやむやにしているポイントを きちんと指摘している点である。たとえば，ランダムサンプリングの 議論がそれである。ランダムサンプリングの本質を踏まえながらも， 「やはりそのつど，統計学の枠を越えたやり方で判断していかざるを えません」と，実践的な目配りも忘れられていない。 また，相関係数を中心に推定と検定の考え方（第５章）を説明する というのも新鮮であった。ふつうなら平均差の検定あたりを題材にし て，「μとσの両方が分からないが，σの代わりにｓを代入したｔ分 布を利用して」などと説明をしていくところである。しかし，そのよ うな議論よりも，このようにすれば，確かに「推定と検定の考え方」 にターゲットを絞ることができ，学生達にも議論のスジが見通せる。 さらに，私自身，統計学のいろんな概念を理解する上で回帰分析は 知識の宝庫であり基礎であると考えながら，そのあまりの豊かさに圧 倒され，講義での扱いに苦慮していたが，第８章「偏相関と重回帰」 の構成と筆の運びにその答えを見いだしたような気がする。それから， 自由度についても， （自由度）＝（推定すべきモデルパラメタの数） −（パラメタにかかる制約条件の数） という風に理解し，はずかしながら自分でも少々混乱していたが， p210の脚注６）に書かれている「自由母数」と「自由度」の説明で すっきりした。 他にも挙げればいろいろある。たとえば初学者にとって，p.18の 脚注2）の表記法に関する注意や，p.48の脚注4）の小数点の前の０ の省略に関する注意などはとても親切な情報である。また，第７章 のベクトル演算もプライム記号を使わずに高校数学の知識の自然な 延長として説明されているところなども，初学者の基礎知識がどの あたりにあるのかきっちりと押さえた内容になっている。 このように，このテキストを読んだ後，あらためてタイトルを見 直すと，なるほど「心理統計の初歩」ではなく「基礎」となってい る意味がよくわかる。「クリックするだけで」「簡単にわかる」 「ゼロから始める」「数式を使わない」といったタイトルの本は多 く，また，それだけ需要もあるのだろう。しかし，しっかりした 「基礎」なしに「統合的な理解」はできないし，そうした「理解」 抜きに，方法論として統計を使う場合に，センスのよい「心理学的 な研究」はできないと言うメッセージが，このタイトルには込めら れているような気がした。また，「はじめにのおわりに」に著者が 述べていることばをそのまま借用すれば，私もまたこの本を読んで， 自由度の概念や検定統計量の式の意味を改めて教えられ，「知識状 態」の「変容」を実感として経験した。 テキストとしても独習書としても好著である。 ーーーーーーー 以上 ====================================================================== 新潟大学教育人間科学部 柴山 直 950-2181 新潟市五十嵐2の町8050 E-mail:sibayama (at) ed.niigata-u.ac.jp/Tel:025-262-7249/Fax:025-262-7304 ======================================================================
ここは心理学研究の基礎メーリングリストに投稿された過去の記事を掲載しているページです。