岡本@日本女子大学です。 「統計量の追試」についての追加コメントです。 とりあえずは、議論の基になっていることについての守さんの説明 > p.608の公告の基本的意味は、 > 「許可を受けること」を原則としていた編集方針(チェックリスト)を > 「利用したことを明記すること」に改訂した > ということだと思います。 を読んで納得しました。私自身は教育心理学会会員ではないので自宅では 直接該当箇所を確認することはできません。 このメールを用意したのは、豊田さんの >>(注2)尺度とは,反応データから受験者に数値を割り当てる規則です.何千人 >>もの受験者から求めた標準化のための統計量には著作権があると私は考えます. について追加コメントをしたくなったからです。 上記の「著作権がある」の意味が不明ですが、守さんの解説に従うならば 「利用したことを明記する」、すなわち引用文献等を示すことだと解釈されますので それ自体は問題ないと思います。しかし、「著作権がある」が「追試の対象にならない」 という意味までをも含意しているのであれば危険です。 統計量は確率変数であり、母集団に依存しています。このことによる追試の必要性に ついて以下に書いてみたいと思います。 1.母集団に依存していること 統計量は母数の推定値として算出されますが、母数自体定義により母集団を特徴 付ける値です。つまり、データを採ったとき、そのデータ採取対象が代表している 母集団がどのようなものであるのかを明らかにする必要があります。このために、 追試による確認が不可欠になります。 2.確率変数であること 統計量は定義により確率変数です。つまり、データを採って統計量を算出するたびに 値はランダムに変動します。その変動量を表す1つの指標がSEですが、この算出に おいて漸近理論が用いられることがあります。この漸近理論が成り立つための条件が あるわけですが、明らかにこの条件が成り立たない場合においても、例えば項目反応理論 の場合ですが、この漸近理論に基づいてSEが算出されている場合があります。 前提条件が成り立つ場合も、漸近理論ですからデータ数が十分に多いことが必要で、 どれくらいならば十分に多いかということはケースバイケースにチェックする必要があります。 この漸近理論に基づくSEが報告されている場合に、漸近理論が成り立っていることの チェックも報告されていることは見たことがありません。曖昧にデータが十分に多いということが 書かれていることがありますが、「十分に多い」という判断が成り立つ根拠は示されていないようです。 漸近理論によるSEの推定が適切であったとしても、このSEは区間推定に用いられるもので、 区間推定自体確率的に変動するものです。90%信頼区間は10回に1回の割合で真値を はずします。報告されている統計量がこの10回のうちの1回に該当しないという根拠は 示されておりません。したがって、漸近理論による区間推定が妥当であるという理想的な場合に おいても、複数の追試による確認が必要であることになります。 上のようなことを書くと、現場ではこれまでのやり方でうまくいっておる という反論も出てくるでしょう。しかし、このような反論は理論的なことを無視することで 科学的営みとは無縁のことであると思います。科学に基づいた質問紙作成を行うのであれば 理論を無視することはできません。 日本女子大学心理学科 岡本安晴
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