[fpr 3642] 量的研究法と質的研究法

岡本安晴


 岡本安晴@日本女子大学心理学科です。

学生が初級演習の発表において、インターネットからコピーしたという
「質的研究法と量的研究法の関係を表す図」
をレジメに貼り付けていたのですが、見当違いの説明図であると
思いました。

その図では、横軸にサンプル数、縦軸に研究の深さをとり、

質的研究法 = サンプル数は少ないが、深い研究
量的研究法 = サンプル数は多く、浅い研究

と表されていました。
これに対して、サンプル数および深さとも理解が不適切な図であると
コメントしました。
本メーリングリスト用に少し詳しく以下に書きます。

1.サンプル数について
 量的研究法はサンプル数が多いが、質的研究法は少なくてよい
という理解は不適切です。
 量的研究法でサンプル数が多い場合は、データのランダムな変動を
考慮した分析を行うためです。ランダムな変動という観点からいえば、
質的研究法でのサンプル数の場合もサンプルの採り方について適切な
判断が要求されます。質的研究法を行う学生は、1人1人の豊かな人生が
見られるというようなことを言いますが(少なくとも私の勤務先では)、
これは、対象とする母集団内での変動が大きいことを意味します。
したがって、研究としての成果(当該の特性に関する母集団の様子に
ついての情報)を得るためには、データは母集団内での分布を反映
している必要があります。質的研究でも20人ぐらいのデータは必要と
いわれる所以です。しかし、これはランダムサンプリングでないと
バイアスがかかります。友達の紹介の連鎖では、友達という繋がりによる
バイアスの危険があります。
 サンプル数が少ない質的研究によって母集団に関する情報が得られない
ということは、その分析結果を予測に用いることができないことを意味します。
「臨床は、1例1例がその場限りの勝負であるので、個々の質的研究で
豊かな分析結果が得られればよい」では、その分析結果を次の臨床場面での
予測に用いることはできず、分析者の自己満足(「興味深い」事例に遭遇した)
に終わります。
 量的研究においても、少人数のデータが用いられることがあります。
これは、当該の小数事例が母集団の特性を代表している、複数のデータを
とってもすべて本質的に同じ結果を示すであろうという了解が研究者の間に
ある場合です。

2.研究の深さについて
 量的研究法は浅い研究であるが、質的研究法は深い研究である
という理解は、逆です。
 質的研究法の深さは、個人的経験、日常感覚、臨床的実践的な意味の
深さであり、研究としての深さという観点から考えるときには、
「言葉による分析」という限界があります。
 これに対して、 量的研究法では研究としての科学的深さが可能です。
 例を、同じ臨床という場面が想定される医学で考えてみます。
 風邪を例にとります。
 臨床的には、どのような頭痛があるか、吐き気はどのようであるか、等々
臨床経験を積むことにより豊かな実践的理解が得られるでしょう。
 風邪の原因は、ウィルスが挙げられますが、これは1人1人の患者からの
面接(診察)データの質的分析ではなく、ウィルスの特定のための
科学的方法によって分かるものです。しかし、ウィルスが特定され、
その治療法がわかることと、1人1人の患者の症状にどう対応するかという
臨床的実践的なこととは区別されます。1人1人の患者の治療のためには
豊かな深い臨床的実践的経験が必要でしょう。ウィルスの特定のためには、
そのための豊かな深い科学的研究力が要求されるでしょう。
 しかし、学生が心理学の研究法として量的研究法と質的研究法の違いを
云々するときには、「深さ」の意味の違いの他に、以下のことを考える
必要があると思います。
 量的研究法では、要因の階層的構造、要因間の抑制関係などの干渉関係を
構造方程式などの統計モデルで表して分析することができます。
 質的研究法は、主に言葉による分析(分析を言葉で表す、あるいは、
言葉で表される分析結果を模式図で表す)が行われるので、階層的構造とか
干渉関係を取り出すことは不可能です。しかし、人の理解には、これらの
階層的構造とか干渉関係を踏まえないと誤った理解に陥ります。

 量的研究法と質的研究法の関係は、対立させるのではなく、補完的と
とらえられるべきでしょう。構造方程式などの統計モデルを用いないと
真の理解は難しいとしても、当該の量的研究法が見落としている重要な
要因は質的研究法から得られることが期待されるからです。
 科学としての理解は量的研究法が基本になると思いますが、
質的研究法から得られる知見を有効活用することができると思います。

「量的研究法では浅いことしか解らないが、
深い研究がしたいので質的研究法でやります。」
とトンチンカンなことを言う学生が目立つので、本メーリングリストに
投稿した次第です。

横浜市在住
岡本 安晴






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