二つの源流から戦後は流れ出していき,合流せずに70年を経過したと思います. 林知己夫は1950年前後からいろいろ書き始めていますが,最初からサンプル数(標本数)です. 増山元三郎は1944年『少数例・・・』がうちの本棚にありますが,一貫して標本の大きさです. この二人は対照的であり,美しいほど対称的でさえあります.たとえば, 標本調査法 v.s. 実験計画法 大標本 v.s. 小標本 統計数理 v.s. 数理統計 という具合です. 林知己夫の流れ(統計数理研究所・各種関係者・弟子筋)は,調査(社会調査,世論調査,市場調査)とその周辺を形成し,西平重喜や鈴木達三の著書・会話など,みな標本数・サンプル数です. 鈴木達三はコクランの翻訳では標本の大きさという訳語を採用しましたがこれは共訳.微笑んでしまうのは後の鈴木・高橋(1998)では標本数(鈴木)と標本の大きさ(高橋)が執筆章別に混在し調整なし. 増山元三郎の流れは,吉村功などを経由しながら医学統計などを形成したほか,品質管理や公的統計の分野を支流として形成したと思います.支流にはゆらぎが生じて,標本数もたまに出現します(浅井晃など). デミングを翻訳した斉藤金一郎(1953)に標本の大きさのほか,標本単位数(英文は未確認)が出てきます.英語ではunit と element のどちらかを使う人が多いと思います.個人的には要素が好み(コクランもデミングもunit).母集団から単位を抽出した標本に含まれている単位の総数ということの表現です. case, observation, unit, elementという英語表現のところです.とくに増山元三郎の流れは例数を通常は使ったでしょうか. 林知己夫は case, observation のところを sample としたわけですが,ひとかたまりの標本にも sample を使いました. 余談ですが,SPSSは case を,SASは observation を,データ行列の一行の呼名としました.JUSEは この一行を sample としました.品質管理の世界のゆらぎとも言えますが.昔むかし,JUSEを使いながら勉強会をしていたとき,K先生が「おかしくないですか?」と指摘.そこに吉澤正,芳賀敏郎の両先生もまだ元気にご存命で,吉澤先生が「そういう言い方もあるから,別にどうでもいいじゃないか」というような意味のことを言いました.私その場にいました.余談終. 林知己夫は,サンプル数が自然だと感じたから,そうした,というのが理由だと思いますが,用語を作るのが下手なんだと思います.無意識とか区別の認識がないとか,いいかげんとか曖昧とか,とは違うと思います.むしろ妙にコダワル先生だとさえいえます. もっとも曖昧なところは,あるのかも知れません.数学的に厳密でなくてもいいんだ.あいまいな現象を扱っているんだから,ということも言ってますから.丘本正と論争をした統計学会誌で読みました.アカデミアの世界は私には分かりませんが. 各方面に義理立てしない,ということもあります.とくに数理統計学などには義理も何もありません.アメリカも嫌いだし,フィッシャーもネイマンも嫌いです.かといってベイズ統計学とか,超母集団モデルとか考えているわけでもなく,自分本位に考えているだけです.戦争の影響もあります.国に義理は果たしましたよ.これからは好きにさせてもらいますよ,という感じがあります. 標本数に関連して林が定義した用語は, sample sample数 sampleさん sampleする などです(リテラシー・サーベイの報告書).なんでこんな用語を思いつくんだろう,と驚きませんか.これを誉めている声も聞きますが,私は,下手だなあと思います.独善的だと思います.オリジナリティーにあふれています.今では使われていませんが,自然淘汰でしょう. ほかにも,「外的基準があり分類で与えられている場合の数量化」とか「最初の言葉・最後の言葉」とか,定着しなかった用語がいろいろあります.素朴というか,独善というか,自己本位というか,オリジナルというか,下手なんだと思います. 私は,dependent variable を従属変数と常に用語したいと努力していますが,つい自然に目的変数と用語してしまいます.最初に読んだ回帰分析の本が目的変数だった,という程度の理由ではないか,と思うのですが・・・.サンプル数にいたっては調査業界はみな,サンプル数ですから,私は簡単に深層にすりこまれまれています. 私は学校で先生から統計学を教えてもらった経験がないので,つまり本屋さんで買える本を読んで勉強したので,こういう用語の使い分けに意味があると思って注意していた青い時代があります.無意味な時間でした. さすがに最近では,外的基準という人は見かけなくなりましたが,基準変数という本はいまでもあるでしょう.標本数よりも,さらに無害ですが.英語にも分野ごとに異なる用語があるので状況は同じなんでしょう. 以上のような話の一部を,近日刊行の論文に書きました. ===================== 鈴木 督久 SUZUKI Tokuhisa stok (at) suzuki-tokuhisa.com http://suzuki-tokuhisa.com =====================
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