[fpr 3959] 瀕死の統計学

Yasuharu Okamoto

本安晴@(日本女子大学心理学科定年退職)です。

豊田さんのfprメールにある御著のプロローグにある
PHCなる用語が気になり調べていましたら、
豊田さんの論文(心理学評論、2017)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/60/4/60_379/_pdf
にPHCが提案されていました。この論文に補足したいと思った次第です。

御論文では、ベイズ分析が3例、取り上げられています。
2点、正規分布の仮定と再認課題の確率モデルについて
コメントしたいと思います。

まず、ベイズなので確率分布が設定されますが、いずれも正規分布が
設定されています。正規分布は、最近の英語の教科書では近似として
考えられています。例えば、
N. Matloff (2020). 
"Probability and Statistics for Data Science." CRC Press
では、
Needless to say, there are no random variables in the real 
world that are exactly normally distributed (p. 209)
とか
Yet, many things in nature do have approximate normal
distributions, so normal distributions play a key role
in statistics (p. 209)
とか書かれています。
要するに、便宜的に正規分布を用いてよいということでしょう。
しかし、正規分布を用いることには注意が必要です。特に、
精密な推測を行うときは、正規分布による近似の影響は
注意されるべきでしょう。

論文における3番目の「予知能力」では、総試行数1560試行、
当該試行数828または829試行となっているので正規分布の仮定は
予知能力の有無云々においては問題ないと思われます。

論文2番目の例は、作業遂行時間ですが、これは正の方向に分布の裾が
伸びる可能性があります。図2の箱ひげ図では、その傾向が
見られます。非正規分布を用いた結果はどのようであるか
興味があります。

論文1番目の例は、再認課題で、2群(実験群と対照群)に対して
分散の等しい正規分布が設定されています。図1の箱ひげ図を見ると、
「同一文脈」群では分布の裾はかなり正の方向に延びています。
また、再認実験の場合は、単純に再認率を比較するのではなく、
信号検出理論の枠組みで、判断の基準と再認確率を分けて
分析されるのではと思います。本論文の場合は、
正しい統計分析の提案が目的であるので、説明を分かり易くするために
再認データに直接正規分布を当てはめるという方法が採られたと
思いますが、心理学実験データの研究報告においては、
注意すべきことと思います。

横浜市在住
岡本安晴


-----Original Message-----
From: toyoda.waseda (at) gmail.com [mailto:toyoda.waseda (at) gmail.com] On Behalf Of 豊田秀樹
Sent: Thursday, February 13, 2020 2:43 AM
To: fpr ML <fpr (at) psy.chubu.ac.jp>
Subject: [fpr 3957] 瀕死の統計学

豊田秀樹@早稲田心理です。

「瀕死の統計学を救え! 」という書籍を
3月15日に、朝倉書店さんから公刊します。カバー序文は

ーーーーーーーーーここから
2019年3月,統計学に関する2つの衝撃的な論文が公刊されました.
1つはアメリカ統計学会監修 The American Statistician の「21世紀の統計的推論:“p <
0.05”を超えて」です.本論の章タイトルは,Don't Say “Statistically Significant”
であり,命令形ではっきりと有意性検定を禁止しています.これ以上 p
値を使い続けるということは,最大手の製造元メーカーがリコールし,乗車を禁止している車に乗るのといっしょです.
もう1つは,権威ある科学雑誌 Nature
の「統計的有意性を引退させよう」です.このコメント論文には800人以上の科学者が賛成の署名をしており,「統計的有意性の概念全体を放棄するように求める」と主張しています.今後も
p 値を教え続けるということは,最大手の消費者団体が乗車を控えるようにと呼び掛けている車に乗れ,と言うのと同じです.
それでもあなたは p 値を使い続けますか?
まだ有意性検定を教え続けますか?
ーーーーーーーーーここまで

というものです。
「再現性問題が科学をこれほど蝕んでいるのに、
周囲の人々はどうして、騒がないのだろう」
と不思議な気持ちで、この1年を過ごしました。

不遜な書名で恥ずかしいのですが
統計学を愛するが故と思し召し、お許しください。

http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-12255-8/

で本文の一部(プロローグ)を公開いたしました。
朝倉書店さんに感謝いたします。

研究・執筆活動は、結果の如何にかかわらず、
それができるというだけで恩寵なのだということを知りました。
これまで高齢の家族が健康であったために研究・執筆活動が叶いましたが
これからはそうはいかなくなりそうです。
人生の季節の移り変わりを優しく受けとめます。


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 TOYODA Hideki Ph.D.,  Professor,                    Department of Psychology
 TEL +81-3-5286-3567  School of Humanities and Social  Sciences, Waseda University
 toyoda _atmark_ waseda.jp   1-24-1 Toyama Shinjyuku-ku, Tokyo 162-8644 Japan
 http://www.waseda.jp/sem-toyoda-lab/
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